発祥の地bannar
学習院(華族学校)開校の地
 [がくしゅういんかいこうのち] 


場所
東京都千代田区神田錦町1丁目
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日比谷通りを 日比谷方面から北上して 神田橋を渡り, 1ブロック西側の通りに入る。神田錦町郵便局の向かい側, YASUDA GREEN PALACE という建物の前に この碑が建つ。
設置されてから まだ1年あまりの 新しい石碑である。

「華族」とは, 1884年(明治17年)の "華族令"で規定された名称で, 公爵・侯爵・伯爵・子爵・男爵の五段階の爵位があった。 江戸幕府での 公家・大名は ほぼ全員に 爵位が与えられた。
明治10年に開校した 学習院は, 華族のための教育機関として, 宮内庁の管轄下で運営されていたが, 戦後 華族令が撤廃されるにともない 私立学校として 再発足した。
ちなみに 戦前の学習院は 華族は学費無料で入学できたが, 平民は (ごく限られた人数だけが) 有料で入学を許可された という。

「華族学校」という名称は, 初期のごく短期間だけ使用された名称と思われるが, 学習院とは別に「華族女学校」が設置された。(明治末期に 学習院に統合され, 学習院女子部となる。)
華族女学校の校舎は, 現在の 千代田区永田町にあった。 今も 参議院議長公邸前に「華族女学校遺蹟」という石碑が残っている。

撮影日
2003年12月
碑文
学習院(華族学校)開校の地
 弘化4年(1847)京都御所の日御門前に公家の学習所として設立された「学習院」は, 明治10年(1877)華族学校「学習院」としてこの地に創立されました。
 同年10月17日に明治天皇, 皇后両陛下をお迎えして開業式がおこなわれました。
 現在 学習院は, 豊島区目白に大学, 高等科, 中等科, 幼稚園, 新宿区戸山に女子大 学, 女子高等科, 女子中等科, 新宿区若葉(四谷)に初等科の各学校を設置しております。
 この碑は, 学習院創立125周年記念事業として, 学習院の同窓会である桜友会の寄贈 により建立したものです。
     平成14年10月        学校法人 学習院
                   第24代学習院長 田島義博

学習院開校の地  学習院開校の地

2018/07/21