発祥の地bannar
國学院大學開校の地
[こくがくいんだいがくかいこうのち] 


場所
千代田区飯田橋3丁目
コメント
目白通りの, JR飯田橋駅から 九段下交差点までの間は, “飯田橋散歩道”と名付けられ, 「発祥の地」碑がたくさん建っている。
「國学院大學開校の地」もその一つで, 営団地下鉄 東西線・飯田橋駅の A5 出口の近くにある。

明治15年 ここに“皇典講究所”が開設され, 後に 国学院大学に引き継がれた。 また 皇典講究所に併設された 日本法律学校は 日本大学 になり, 同じく 皇典講究所に併設された 補充中学校は 「府立第4中学校」を経て 「都立戸山高等学校」となった。

なお, かつてこの付近にあった 日本医科大学附属第一病院に 「皇典講究所発祥記念碑」があったが, 病院敷地が売却され 新しいビルの建設中のため, 現在は撤去されている。

(2005.9
  追加)
「開校の地」碑が建っている場所に“東京区政会館”が新築された。 このビルの構内に目白通りに面して「発祥記念碑」が建てられた。<写真(2)>
この碑は 元“日本医科大学付属第一病院”に建てられていたもので, 病院が廃止されてビルを建て替えている間 一時撤去されていたもの。
日本大学と国学院大学の前身である「皇典講究所」が ここに創立されたことを示している。
撮影日
2003年4月, 2005年8月
碑文(1)
國学院大學開校の地

 明治15年(1882), この地, 旧飯田町5丁目に 国学を研究する皇典講究所が設けら れました。明治23年(1890), 皇典講究所を母体として, 所長山田顕義によって 國學院が開校しました。現在の國學院大學です。
 大正12年(1923), 渋谷に移りました。

碑文(2)
発祥記念碑

明治15年 有栖川宮熾仁親王を総裁として
     この地に皇典講究所創設 同所
     を母体に 山田顕義所長のもと
明治22年 日本法律学校(現 日本大学)
明治23年 国学院(現 国学院大学)を
     開設す

  昭和60年11月吉日 建立
            日本大学
            国学院大学

(1)國学院大學開校の地
(1)國学院大學開校の地 碑

(2005.9
写真追加)
(2)「発祥記念碑」 東京区政会館
(2)「発祥記念碑」
東京区政会館