発祥の地bannar
不屈のG魂誕生の地
 [ふくつのGだましいたんじょうのち] 


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場所
群馬県館林市本町2丁目
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東武鉄道伊勢崎線の館林駅東口。駅前広場から見て右手の駅舎前に,写真に示す石碑が建っている。碑の上部にはバットとボールが象られ「不屈のG魂誕生の地 分福球場」と刻まれている。

分福球場は“茂林寺球場”とも通称され,ここ館林の隣の駅(茂林寺駅)近くの東武線沿いにあった野球場。昭和初期に建築され,プロ野球創生期には公式試合が行われたこともあった。
1936(昭和11)年に,ジャイアンツ(当時は「東京巨人軍」)が 分福球場でキャンプ練習を行い,藤本定義監督以下選手20名が 真夏の9月に‘血反吐を吐く’とまで形容された猛特訓を行ったと伝説的に伝えられ,これがジャイアンツの基礎を作ったと言われる。

その後 分福球場は学校法人関東学園に売却され,1974(昭和54)年に 同学園の分福総合グラウンドとなり,野球場の面影は全く残っていない。

撮影日
2011年1月 (写真提供 T.O.さん)
碑文
巨人軍栄光の初V
 不屈のG魂誕生の地
    分福球場

  巨人軍初Vの原点「分福球場」
 巨人軍の球史に燦然と輝く伝統の球場が,館林駅から一つ南の茂林寺駅前の西側にあった。昭和十一年九月五日からの秋季キャンプは血のにじむ地獄のキャンプと言われ「暁の千本ノック」で徹底的に選手を鍛え直し,巨人軍初Vの原点となった「球場」として,いまも語り継がれている。七十三年前,巨人軍の歴史に一度だけ強烈に登場し,今は完全に姿を消した,伝説とロマンの「文幅球場」を館林市民として後世に語り継ぐことは多くの野球少年に夢と希望を与えるものである。ここに読売巨人軍七十五周年を記念し,当時の巨人軍選手の偉業を讃え,記念碑を建立する。
            平成二十一年十二月吉日
             ときの市民有志これを建つ


 
不屈のG魂誕生の地碑
巨人軍栄光の初V
不屈のG魂誕生の地 碑

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