発祥の地bannar
貝島炭鉱発祥の地
 [かいじまたんこうはっしょうのち] 


場所
福岡県鞍手郡宮田町
コメント
宮田町役場から 南東に約1km。宮田石炭記念館の近くに「貝島炭鉱創業之地」と刻まれた 自然石の大きな石碑と, その傍らに 宮田町が建てた「貝島炭鉱発祥の地」という 説明板が建っている。

筑豊地方は かって日本有数の石炭の産地だった。
貝島炭鉱は 1885(明治18)年に 貝島太助氏によって創業された。 周辺地区で炭鉱開発が進められ 規模を拡大して行った。
宮田町の 従業員数は, 明治末期で 7千人強, ピーク時(昭和19年〜昭和25年)には 約1万人に達した。
昭和30年代からのエネルギー革命によって 合理化が進められ, 貝島炭鉱は 昭和51年を最後に閉山された。

この炭鉱は, 地下の坑道による採掘も行われたが, 大規模な露天掘りが中心だった。 「貝島炭鉱発祥の地」碑には, 露天掘の写真が添えられている。(下写真)
現在も周辺には 露天掘の跡が いくつもの大きな池となって残っている。

撮影日
2005年11月
碑文
貝島炭鉱発祥の地
  CRADLE OF KAIJIMACOAL MINE

明治18年に上大隈代ノ浦(かみおおくまだいのうら)地区に開かれ, 完全閉山の昭和51年ま での90年間におよそ1億トンの石炭を出炭しました。その間には石炭災害による多くの 犠牲者もありましたが, 明治21年には貝島大之浦小学校を開校するなど, 地域に貢献しました。
                   宮田町
貝島炭鉱発祥の地碑 貝島炭鉱創業之地碑
貝島炭鉱発祥の地 碑
貝島炭鉱創業之地 碑

露天掘
 露天掘の状況
 ("発祥の地"碑より)