発祥の地bannar
緑埜精糸社発祥の地
 [みどのせいししゃはっしょうのち]


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場所
群馬県藤岡市上大塚
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上信電鉄線の馬庭駅から南東に5km。
市立西中学校の300mほど北西の住宅の間に小さな広場があって,赤い鳥居の小さな稲荷社(?)がある。この横に「緑埜精糸社発祥の地」と刻まれた黒御影の石碑が建っている。

緑埜(みどの)精糸社は,1879(明治12)年に発足した,協同組合組織の製糸工場である。
商人による買いたたきに対抗するため,農家が生糸を持ち寄って品質を均一にし,販路の開拓まで行う自主組織だった。多野藤岡地域の養蚕農家522戸によって結成された。
しかし 西南戦争後の経済混乱と,それを収拾するための明治政府の緊縮政策のあおりで,緑埜精糸社は発足から14年後には廃業に追い込まれる結果となった。しかし 組合組織によって農家自身による農村経済を改革しようとしたこと,生糸の品質を高めるために農家が自ら養蚕法を改革したことなど,当時としては画期的な効果をもたらした。

群馬県では「富岡製糸場と絹産業遺産群」を世界遺産として登録すべく準備を進めており,県内の養蚕・製糸業の歴史を後世に伝えようとする活動が盛んである。2010年に建立された“高山社発祥の地”もその一つであり,今年(2013年)3月には,藤岡市によって かつて緑埜精糸社の社屋があったこの場所に記念碑が建立された。

撮影日
2013年6月 (写真提供 H.O.さん)
碑文
緑埜精糸社発祥の地

        趣旨
緑埜精糸社は 明治十二年緑埜郡上大塚村折茂健吾氏敷地内此の地に創立した 多野藤岡地域二十一組の支部 高山長五郎氏を含む六九六農家組合員が組織した組合製糸である 組合員は自家繭で座繰糸を採り 共同揚げ返しによって糸を均質に調整 改良座繰糸として海外輸出した 生活向上のため 繭の付加価値を高め既存生糸流通の改革を図る画期進取果敢な行動であった わが国に自生する近代協同組合の先駆的役割を果たした 私共有志に郷土が誇るこの偉業を後世に伝承する
        平成二十五年三月吉日
            水上信一謹書


 
緑埜精糸社発祥の地碑 発祥碑と稲荷社
緑埜精糸社発祥の地 碑
発祥碑と稲荷社

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