発祥の地bannar
鈴木式織機発祥の地
 [すずきしきしょっきはっしょうのち]

場所
静岡県浜松市中区中島1丁目
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JR東海道本線の浜松駅から東北東に1km。
国道152号(旧東海道)の相生町交差点からTブロック西を南に40mほど入ると、道路の曲がり角に、駐車場を背景にして「鈴木式織機発祥の地」と書かれた木の標識が建っている。標識上部には紙の説明板が付いている。

国内第5位の自動車メーカーであるスズキ(株)は、「鈴木式織機」として 1909(明治42)年にこの地で発足した。
創業者の鈴木道雄氏は 1909(明治42)年、当時足踏織機の需要が高まっていることに着目して、この地に「鈴木式織機製作所」を設立し織機の製造を始めた。従来に比べると非常に効率の良い織機であったため評判となり注文が殺到した。
さらに縞模様を織る機械のニーズが高いことを知り、1911(明治44)年には横縞柄の模様を織ることができる“二挺杼足踏織機”(にちょうひあしぶみしょっき)を完成させた。
その後 広巾織機の好調により成長。1930(昭和5)年には“サロン織機”を開発し、東南アジアへも輸出され世界にスズキの名を広めた。

しかし、近代化された織機はいったん織物業者に納入されると、買い替え需要が少ないため将来の販路飽和が予想されたことから、機械技術を活かした多角化をめざして、早くから自動車産業への進出検討を始めた。
1937(昭和12)年には輸入した小型4輪車のコピー試作車を完成させたが、太平洋戦争のため中断し、本格的な参入は1950年代の自転車補助エンジン(原付自転車)ブームを機にオートバイ開発に乗り出してからである。
1954(昭和29)年「鈴木自動車工業(株)」と社名を変更。1955(昭和30)年には四輪軽自動車分野にも進出し、以後小型オートバイと軽自動車分野をメインに、日本の小型自動車業界を牽引した。

撮影日
2014年10月
碑文
鈴木式織機発祥の地
         中島町諏訪

 浜名郡天神町村上中嶋(現中島一丁目)に,鈴木道雄が実家の蚕小屋を移築して「鈴木式改良自動織機,鈴木道雄」と書かれた足踏織機工場の看板をあげたのが明治42年(1909)のことである。
 そして,大正3年(1914)に隣接地に織機工場を建設し,瓦屋根に鈴木式織機製作所の文字を書き宣伝した。大正9年(1920)には資本金500万円の鈴木式織機株式会社と組織替えをし,同15年(1920)には相生町に本社を移した。
 以上が今日あるスズキ株式会社の創世期である。


 
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鈴木式織機発祥の地 碑
同・紙の説明板