発祥の地bannar
我が国最初の気球飛揚の地 
 [わがくにさいしょのききゅうひようのち] 


場所
長崎県長崎市常盤町
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市立市民病院とホテルニュータンダの間にある 十八銀行体育館 前に, この碑がある。

1804(文化元)年, ロシアから日本との通商を求めて, ニコライ・レザノフが 軍艦ナジェジダ号で長崎に来航した。江戸幕府の回答は 延々と引き延ばされ, 乗組員は この地 (梅香崎付近)に 幽閉状態に置かれた。 結局 通商の申し入れは拒否されて, レザノフは 半年後に カムチャツカに引き返した。

この間に ロシア海軍医官ラングストルフが 和紙で熱気球を作り, 3回にわたって 揚げた。見物の日本人は 珍しさに 大いに喜んだと言われる。
しかし 最後の一回の実験では 気球のヒモが切れて 遠くまで飛んでしまい, ボヤ騒ぎが起きて 大騒ぎになったという。

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(2015/3
 追加)
碑の建てられていた場所の再開発により、碑が撤去された。
十八銀行体育館の敷地は西側に隣接する市民病院に売却され、病院の新棟の建設のため「我が国最初の気球飛揚の地」は撤去され行方不明となっている。
代わりに「文化元年(1804)レザノフ使節上陸の梅ヶ崎ロシア仮館跡」という、長崎日ロ協会が設置した説明板が建てられていて、ここで気球が揚げられたことが記されている。
新市民病院は、地上8階建ての巨大な建物で、2012年に着工、2014年2月に竣工。「長崎みなとメディカルセンター 市民病院」と改称して、2月より業務を開始した。2015/3現在、旧館も建て直し工事中。
撮影日
2004年3月 (写真提供 Y.K.さん)
2014年11月 (写真提供 まさ・なちさん)
碑文
我が国最初の気球飛揚の地跡
  Site of Japan's first baloon launching by Russian sailors in 1605

 文化2年(1605)1月5日, 長崎入港中のロシア使節レザノフ一行の軍艦乗組員が この地から 当時日本人が見たことのない, いまでいう熱気球を揚げてみせた。
 多分, 自国の先進ぶりを“アピール”したものだろう。

 
気球飛揚の地碑
 気球飛揚の地 碑
 (2004/3撮影)
気球飛揚の地碑
 建設工事中の市民病院
  仮囲い
  (2014/11撮影)
気球飛揚の地碑
 「梅ヶ崎ロシア仮館跡」説明版
  (気球飛揚の記載あり)
  (2014/11撮影)