発祥の地bannar
我国塗装発祥之地記念碑
 [わがくにとそうはっしょうのちきねんひ] 


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場所
神奈川県横浜市中区元町1丁目
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中区の元町公園を 山手町から元町方面へ下ると、ちょうど 元町公園プールの下あたりに, 高く細い三角錐の石柱があり、それに沿うように「我国塗装発祥之地記念碑」と 刻まれた 細長い碑が建っている。 裏面に碑文が刻まれているようだが、高い位置にあって 暗いため、ほとんど判読できない(再訪問して解読できました)。

日本人で初めてペンキ塗装を手がけたのは、江戸の渋塗職であった町田辰五郎。 1853(嘉永6)年 ペリーと幕府側役人が会見を行う「交易談判所」が 神奈川宿に急造されたが, 町田は これに洋風の塗装を命じられ、米艦の援助の下で やり遂げたという言い伝えがあり, これが 日本におけるペンキ塗装の始まりとされる。

横浜のこの一帯は 開港によって外国人の居留地となり 西洋人の 建物にペンキ塗装を行う習慣によって 横浜に技術が流入し, ここから全国へ広まっていった。

なお、碑が立つ当地が具体的な発祥の地ではなく、町田辰五郎の居住地でもなく、横浜のしかるべき場所に建設したということのようである。

また、長崎市には「近代塗装伝来之碑」が建っている。

撮影日
1999年11月、2016年2月
碑文
我国塗装発祥之地記念碑

本邦における近代塗装事業の由来を尋ぬるに嘉永六年正月米艦来航に際し米国使節接見のため神奈川宿に交易談判所を急設してこれに洋風塗装を施工したことに創まる幕府はこの工事を江戸の住人澁塗職町田辰五郎に命じた命を受けた彼にとって洋風塗装は全く最初の試練であった彼は苦心研究の末在来の色胡粉に桐または荏の油を以て艶出しを施したが成果は甚だしく予期に反した此に於て人を介し資材を米艦に需め塗法を外人職工に学び遂に同年二月六日邦人最初のペンキ塗装を完成した彼は功に依り資材買入の特権を与えられ居を横浜太田屋新田に移し鋭意精励外国公館貿易商舎等の塗装に貢献する所多大であった洋館建築の増設に伴い同業者は横浜を中心として全国各地に排出し斯界は急速の進歩を遂げたが多くは彼の系統繋がるものである現下我国塗装界の情勢は各種の建築物を始め調度装飾に至るまで著しき進境を示し今や外国を凌ぐの隆昌を見るに至つたこれ偏に先人正に関係業者の研鑽努力の賜で邦家興業のため慶賀に堪えぬ所である本年横浜開港百年祭を機とし塗装業者の発企により我国塗装発祥の地横浜のこの勝地を相し記念碑を建設して斯界先輩の業績を景仰し且つこれを顕彰すると共に将来業界の進運に寄与せんとする洵に意義深しと言うべきである

前元街学校長 金子 馨 撰文 飯泉金次郎 書

      開港百年祭・・・
      神奈川県知事 内山岩太郎書

我国塗装発祥之地記念碑
我国塗装発祥之地記念碑


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