発祥の地bannar
尼崎市発祥之地
 [あまがさきしはっしょうのち]


場所
兵庫県尼崎市南城内
コメント
阪神電鉄・尼崎駅から 南に250m。
庄下川に架かる開明橋の東詰のすぐ南側に “桜井神社”がある。 神社の北端に 今は閉ざされている入口と鳥居があって, 鳥居の下に「尼崎市発祥之地 尼崎城址」 と刻まれた石標が建っている。

尼崎市は 兵庫県で最も南東に位置し, 東側は中島側を挟んで 大阪市(西淀川区)と接している。 兵庫県で4番目の人口を有する。
尼崎城は, 徳川秀忠の時代の 1617(元和3)年に築城され, 最後の 尼崎藩主は 松平忠興 であった。
城は 1873(明治6)年に廃城となり, 建物は取り壊され, 現在はわずかに 石垣や土塀の一部が復元され, 敷地の一部が“尼崎城址公園”となっているのみである。

発祥碑のあるこの付近は かつて尼崎城があった場所で, 北は 阪神電鉄の車庫の南側から, 南は 阪神高速道路のあたりまで, 西は 庄下川から, 東は“名城小学校””成良中学校”“城内高等学校”などの 敷地まで, 東西・南北 各々約400mにわたる一帯に城があったとされる。

桜井神社は 尼崎城が廃城になった後, 1882(明治15)年に, 藩主松平家(明治以降は 桜井氏と改姓) の歴代当主を祀っている。
碑が置かれている近辺は現在, 開明橋と同じ高さを保つ必要があったせいか, 神社の敷地より 1mぐらい 高く盛土されているため, 碑は 地面より下に建つ形となり, 探すのに一苦労させられた。 正面から写真を撮ることもできない。
同じ理由で 鳥居のある門も閉鎖されていて, 何か非常に冷遇されているような印象を受ける。

撮影日
2008年5月
碑文
尼崎市発祥之地 尼崎城址

  尼崎市城内史蹟 櫻井神社
    旧西三ノ丸
  昭和五十年十一月吉祥 建之


 
尼崎市発祥之地碑 桜井神社
尼崎市発祥之地 碑
桜井神社 北端の鳥居