発祥の地bannar
猿江地名発祥之地
 [さるえちめいはっしょうのち]


場所
東京都江東区猿江2丁目
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地下鉄 半蔵門線の住吉駅から南東に300m。
小名木川の北側,四ツ目通りの“江東西税務署入口”交差点から西に入ると左(南)がわに“猿江神社”がある。この境内(南側参道の左側)に「猿江地名発祥之地」と刻まれた平板型の石碑が建っている。

「猿江」は江東区の深川地区にある地名。隅田川と荒川に挟まれた“江東ゼロメートル地帯”にある。
このあたり一帯は 江戸時代に入ってから埋め立てられたところで,それまでは現在の小名木川あたりが海岸線であったという。

この猿江という町名は,康平年間(1060年ごろ)に「源義家臣猿藤太」と書かれた鎧を着た武士の屍がこの地に流れ着き,住民が祠を建てて懇ろに葬ったという伝説に由来する。猿藤太の「猿」と入江の「江」を組みあわせて「猿江」の神社名になり,これが地名になった。

猿江神社の社殿は 1931(昭和6)年に建てられたもので,日本最古のコンクリート社殿といわれる。

撮影日
2011年10月 (写真提供 T.K.さん)
碑文1
史跡顕彰
  猿江地名発祥之地
       平成十八年12月吉日 建之
碑文2
猿江神社由来記

伝承として昔,康平年間(西暦1059年−1065年)源頼義が奥州征伐(後三年の役)の頃 この附近の入江に勇々しき戦武者の屍がただより着き,不思議にも,其の頃屍より毎夜光明を発し村人この屍を叮重に葬る。
武士の鎧に源頼義の臣「猿藤太」と記しあり,また懐中より有難き経文一巻がいでたり,よって村人「猿藤太」の頭文字と入江の「江」をとりて,猿江稲荷と尊称し,近郷近在の守護神となし,村落の敬神の地として仰ぎ奉り,豊作祈願,病気平癒,悪病退散,等の,この地の氏神社として祭り,又それより 地名をも猿江村と称えはじめ現在に至れり
正に猿江の地名これより発祥せり
尚,当時,この村落の氏神社である猿江稲荷神社は,古来より「天照大御神」「宇迦之御魂命」とを御祭神としてゐたが武人猿藤太の御霊をも合せ加え,代々お祀り申し上げて参りました
江戸時代は猿江稲荷神社と称し隣接せる,日蓮宗寺院本覚山妙寿寺の住職が代々,守護管理を司とっていたが明治以後,近年になり,神保宮司を祭官として招き,合せて村,町,の発展とともに町内氏子の者達が,神社の護持運営にあたり現在に引き継がれた次第であります。

お恵み(ご利益)として,家内安全,病気平癒,商売繁昌
心願成就として霊験あらたかなり,
    昭和六十一年丙寅八月吉日
          文筆者  堀江候雄

 
猿江地名発祥之地碑 猿江地名発祥之地碑
     猿江地名発祥之地 碑

猿江神社
猿江神社