発祥の地bannar
ほくほく線発祥の地  [ほくほくせんはっしょうのち]


場所
新潟県十日町市松代
コメント
北越急行・ほくほく線のまつだい駅北口に“道の駅まつだいふるさと会館“が併設されていて, その前に「ほくほく線発祥の地」の黒い石碑が建っている。

ほくほく線は JR・上越線の六日町駅(新潟県南魚沼市)と JR・信越線の犀潟駅(新潟県上越市大潟区)を結ぶ 第三セクター・北越急行の路線である。
“ほくほく“という名称は, この路線が 旧国鉄の「北越北線」として計画されたため, 「北越北線」を略したものをひらがな書きしたもので, 愛称ではなく正式名称である。

現在 東京方面から富山・石川方面を結ぶ鉄道として, 上越新幹線を越後湯沢駅で乗り換えて ほくほく線経由の 特急「はくたか」を利用するのが 最も短時間であるため, このルートが利用されることが多い。
このため ほくほく線は 毎年黒字経営を続けており, 収益の大半が 特急通過による収益であると言われる。
しかし 現在建設中の北陸新幹線 の延伸工事(長野〜金沢間)が完成(2015年予定)すると, 利用客の多くは北陸新幹線に移行してしまい, ほくほく線は赤字経営になるのは確実と見られている。

撮影日
2003年7月 (写真提供 T.H.さん)
碑文1
まつだい駅
  ほくほく線発祥の地
      新潟県知事 平山征夫書

  ほくほく線のあゆみ
1931年(昭和6年)  柳常次(大字松代の半兵衛)市川庄一郎(大字松代の松本屋)の両氏は 冬には全く役に立たない自動車に代って 鉄道の重要さ 大切さ 必要 性を痛感し鉄道建設運動を始める
1932年(昭和7年)  東頚城縦貫鉄道を頸城鉄道(◯Kの軽便鉄道)とつないで建設したいという 請願を国会に提出
1935年(昭和10年) 直江津駅より中頸城郡 東頸城郡 中魚沼を貫通し南魚沼において 上越線に接続する 「北越鉄道敷設に関する請願」が市川新十郎 柳常次市川庄一郎により国会に提出
翌年帝国議会参議院において 請願が採択される
1950年(昭和25年9月3日) 高田市 東頸城 中頸城 西頸城 中魚沼 南魚沼の一市五郡を 区域とする「北陸上越連絡鉄道(上越西線)期成同盟会」発会式 以来 上越線湯沢と六日町に接続するルートの南北戦争が続く
  南線 ・・・ 直江津〜松之山〜中里〜湯沢
  北線 ・・・ 直江津〜松代〜十日町〜六日町
1963年(昭和38年6月27日) 従来の北陸上越連絡鉄道(上越西線)期成同盟会を発展的に 解消 新たに路線名を「北越鉄道」として「北越線連合期成同盟会」が発足
1968年(昭和43年4月20日) 六日町〜十日町間起工式(六日町にて)
1973年(昭和48年3月10日) 十日町〜犀潟間起工式(松代町にて)
1980年(昭和55年12月) 国鉄再建法施行に伴い 建設予算凍結 工事中断
1984年(昭和59年8月27日) 第三セクター「北越急行株式会社」の設立
1985年(昭和60年3月) 建設工事再開
1989年(平成元年1月) 高規格化し 高速列車を運行させることが決定
1992年(平成4年10月29日) 鍋立トンネル貫通
1995年(平成7年3月7日) 鍋立トンネル(延長9.1km 昭和48年12月工事着手以来21年間)掘削完了
1996年(平成8年4月15日) ほくほく線レール締結
1997年(平成9年3月22日) ほくほく線開業

 66年間の永きにわたる先輩の苦労と偉大なる功績を讃え 松代町民の熱き想いが 本日ここに実現したことを慶び建立する
      1997年(平成9年)3月22日
                松代町長 関谷達治

ほくほく線発祥の地碑
 ほくほく線発祥の地 碑