発祥の地bannar
鉄道発祥の地(旧新橋停車場)
 [てつどうはっしょうち] 


場所
東京都港区東新橋1丁目
コメント
JR新橋駅の東 300m。汐留シティセンターと松下電工などの 超高層ビルに挟まれる形で, 瀟洒な2階建ての建物がある。ここが 新橋〜横浜間に日本の最初の鉄道が敷設された時に 建てられた「旧新橋停車場」を復元したもので, 国の史跡に指定されている。
この建物の前に 説明板があり, ここが鉄道の発祥の地であることが記されている。

この周辺一帯は 旧・汐留駅(貨物駅)の跡地で 31ヘクタールという広大な面積がある。 現在は再開発されて 10棟を超える超高層ビルが建ち並ぶ“汐留シオサイト”に変貌した。
その北端, つまり 初代の新橋駅があった場所に この「旧新橋停車場」が復元された。

現在の新橋駅は2代目で, 初代の新橋駅は 1872(明治5)年に開業した わが国初の鉄道の 起点となったが, 1914年(大正3)年に 東海道線・東京駅の完成により, それまでの烏森駅を新橋駅と改称し, 旧新橋駅は汐留駅と改称して, 貨物専用駅となった。
汐留駅は 長い間東京の貨物輸送の拠点だったが, 貨物輸送が衰退した結果, 1986(昭和61)年に廃止された。
旧駅跡は 汐留シオサイト開発に際して発掘調査の結果, 「旧新橋駅停車場」の遺構が発見され, 2003(平成15)年 その場所に 開業当時の駅舎が再現された。

「旧新橋駅停車場」内部は 鉄道の歴史に関する展示室とレストランになっており, 裏手には 鉄道の起点であった「0哩標識(ゼロマイルポスト)」が 当時と全く同じ位置に 再現され, 当時のプラットホームと数メートルのレールが復元されている。

  0哩(ゼロマイル)標識  Mile Marker Zero

1870年4月25日(明治3年3月25日), 測量の起点となる第一 杭がこの場所に打ち込まれました。1936(昭和11)年に日本 の鉄道発祥の地として0哩標識と約3mの軌道を復元しま した。1958(昭和33)年10月14日, 旧国鉄によって「0哩標識」 は鉄道記念物に指定され, 1965(昭和40)年5月12日, 「旧 新橋横浜間鉄道創設起点跡」として国の指定史跡に認定 されました。

撮影日
2003年4月, 2006年2月 (一部写真提供 T.K.さん)
碑文
旧新橋停車場 Old Shimbashi Station

この建物は, 1872(明治5)年10月14日(太陽暦)に開業した日本最初の鉄道ターミナル新橋停車場の駅舎の外観を, 当時と同じ位置にできるだけ忠実に再現したものです。
新橋停車場駅舎は, アメリカ人 R.P.プリジェンスの設計により, 1871(明治4)月5日に着工, 同年12月に完成し, 西洋建築がまだ珍しかった時代の東京で, 鉄道開業直後に西洋風に整備された銀座通りに向かって, 偉容を誇っていました。
1914(大正3)年, 新設の東京駅に旅客ターミナルの機能が移り, それまでの烏森駅が新橋の名を引き継いで現在の新橋駅となり, 貨物専用駅となった旧駅は汐留駅と改称, 物流の大拠点として戦前戦後を通じて東京の経済活動を支えました。
文明開化の象徴として親しまれた旧駅舎は, 1923(大正12)年9月1日の関東大震災に際して火災のため焼失し, 1934(昭和9)年から始まった汐留駅改良工事のため, 残存していたプラットホームや構内の諸施設も解体されました。
1986(昭和61)年, 汐留駅はその使命を終えて廃止され, 跡地の再開発工事に先立ち埋蔵文化財発掘調査が1991(平成3)年から行われた結果, 旧新橋停車場駅舎とプラットホームなど構内の諸施設の礎石が発掘されました。1996(平成8)年12月10日, 駅舎とプラットホームの一部の遺構が史跡「旧新橋停車場跡」として国の指定を受け, この史跡を保護しつつわが国鉄道発祥の地を偲ぶために, 駅舎を再建することになったものです。


旧新橋停車場(明治初期) 旧新橋停車場(現状)
旧新橋停車場(明治初期)
旧新橋停車場(現状)

0哩標識(ゼロマイルポスト) ゼロマイルポスト
0哩標識(ゼロマイルポスト)
ゼロマイルポスト