発祥の地bannar
北海道鉄道発祥の地 小樽  [ほっかいどうてつどうはっしょうのち おたる]


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場所
北海道小樽市手宮1丁目
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JR函館本線・小樽駅から北に 1.5km。
小樽市総合博物館(旧・小樽交通記念館)の南端(手宮口の横)に, “機関車の動輪とそれを指さす手首” というユニークなモニュメントがある。 この手首の断面に「北海道鉄道発祥の地 小樽」という碑文が書かれている。
また このモニュメントのすぐ近くには 「北海道鉄道発祥駅」という大きな石碑が建つ。

「小樽総合博物館」は, この地にあった「小樽交通記念館」と 色内にあった「小樽市博物館」, 緑にあった「小樽市青少年科学技術館」の3つの施設を統合して, 2007年7月にオープンした施設で, 北海道の歴史や自然・科学・鉄道を主体とする交通 などの展示を行っている。

この場所は, 北海道最初の鉄道である, 小樽市〜札幌市〜三笠市(幌内)を結ぶ“幌内鉄道”の起点・ 手宮駅の駅舎跡である。
明治初年, 幌内から 小樽港まで石炭を輸送する目的で 幌内鉄道が計画され, 1882(明治15)年に 幌内〜小樽間が全通した。
その後 1906(明治39)年に国有化され, 小樽〜札幌間は 函館本線に, 札幌〜幌内間は幌内線に, 手宮〜南小樽間は 手宮線となったが, 手宮線は 1985(昭和60)年に, 幌内線は 1987(昭和62)年に それぞれ廃止となった。
手宮線の線路は 現在も一部が残されており, また 旧手宮駅の跡地は 小樽交通博物館 (現・小樽総合博物館)に引き継がれた。

なお 博物館構内の「北海道鉄道発祥駅」碑から 300mほど北東に離れた所に 鉄道の“ゼロマイルポスト”をかたどった「北海道鉄道開通起点」というモニュメントがあり, 次のような碑文と説明文が書かれている。

  北海道鉄道開通起点
    鉄道大臣 八田嘉明書

本道鉄道ノ創業ハ明治ノ草創開拓使ノ企画
ニ成リ石炭輸送ノ目的ニ併セテ将来全道ニ
敷設セラルヘキ鉄道ニ連絡セシムル計画ノ
下ニ起工セラレ明治十三年十一月十八日此
ノ地ヲ起点トシテ手宮軽川間ノ開通ヲ見ル
ニ至ル是レ実ニ本道鉄道ノ創始ニシテ開拓
ノ業亦之ニ據リテ大イニ興ル所トナレリ
茲ニ近藤仙太郎氏之カ記念碑ヲ建立シテ寄
贈ス乃チ本日除幕ノ式ヲ行ヒ偉業ノ跡ヲ永
ク伝ヘンコトヲ庶フ
  昭和十七年十二月十二日
    札幌鉄道局長       浜野信一郎撰
    札幌鉄道局総務部文書課長 赤城  渉書

(説明板)
  北海道鉄道開通起点標
     準鉄道記念物 指定第6号

1880年(明治13)1月8日, 手宮から着工した鉄道工事は, 同年11月28日札幌まで開通。北海道で最初, 日本では 新橋・横浜, 大阪・神戸に次いで三番目の鉄道がここ から始まりました。
北海道の鉄道がこの地から生まれたことを記念して1942年(昭和17) 手宮駅構内に起点標が建てられ, 1966年(昭和41), 後世に伝えるべき鉄道文化財として, 旧国 鉄により準鉄道記念物に指定され, JR北海道に引き継 がれました。
この起点標の中心点が北海道における鉄道起点(ゼロ マイル・ポイント)となります。

幌内鉄道の終点 幌内駅跡にも鉄道発祥の地のモニュメントがある。 (「鉄道発祥の地 三笠」参照)

撮影日
2003年7月 (写真提供 T.H.さん)
碑文1
北海道鉄道発祥の地 小樽

 先人の夢 希望 願いを乗せ
ここゼロマイルの地 手宮より
切り拓かれていった北海道
 今 新たなる起点
 未来への翔きとして
記念モニュメントを贈る
    1988.9.2
 第37回北海道地区会員大会記念事業
 主催 (社)日本青年会議所北海道地区協議会
 主管 (社)小樽青年会議所

碑文2
北海道鉄道発祥駅

北海道の鉄道発祥地 手宮駅である その由来は明治六年に北海道開拓長官黒田清隆が幌内 煤田採掘の計画の下に技師を派遣して調査研究させた結果に基づきまづ幌内幌向太間は鉄道 を建設し幌向太からは石狩川を船で川口に下り小樽に運送する計画を樹てた事に始まる 明 治十二年三月に線路の測量が開始されたが偶々冬季河水の凍結石炭積替の手数等のため不利 であるとの意見が出で鉄路により直接小樽港手宮に運送する事が最も有利であると認められ 幌内手宮間五十六哩の一部手宮札幌間の鉄道が敷設される事となった 明治十三年十一月十 八日逐に手宮軽川間が開通し列車は弁慶号機関車をもって運転された ついで同月二十四日 に札幌まで開通し更に明治十五年末に札幌幌内間が竣工しここに手宮幌内間が全通した 以 後鉄道は逐次延長されて今日の発展を見たのである その第一歩はまさしく手宮駅からであっ て北海道の鉄道発祥地と称する所以である しかるにこの由緒深い手宮駅の旅客取扱が太平 洋戦争酣の昭和十八年十月に国策によって廃止された 以来市民は尠からず不便を感じてゐ たが二十年八月終戦を迎へると共にこれが復活の声は油然と起った ここにおいて有志は手 宮駅旅客取扱復活期成同盟会を結成し会長に西富士松を推して運輸当局に復活請願を続け幾 多の紆余曲折を経て二十三年十一月十日に列車は漸く南小樽駅まで復活した やがて乗換の ための不便が頗る多く重ねて直通列車運転を要路に懇請した結果二十四年九月から岩見沢駅 まで二往復の直通列車の運転を見るに至ったのである これを機会に手宮駅の由来に併せて 長年月に亘り献身的の努力を尽した西会長の偉大な効績を勒し碑を建立して記念とする
          平塚常次郎 書


 
北海道鉄道発祥の地モニュメント 同 碑文道
北海道鉄道発祥の地モニュメント

北海道鉄道発祥駅碑
北海道鉄道発祥駅碑

北海道鉄道開通起点標ト 北海道鉄道開通起点標
北海道鉄道開通起点標

移転先 http://840.gnpp.jp/hokkaido-tetsudo/