発祥の地bannar
穴山氏発祥の地
 [あなやましはっしょうのち] 


場所
山梨県韮崎市穴山町
コメント
中央本線の穴山駅構内。プラットホーム上に「穴山氏発祥の地」の看板が建っている。

穴山氏は 元々甲斐武田氏の一族で, 穴山に所領を持っていたため 穴山氏を名乗ったとされる。
戦国時代末期まで河内地方(甲州南部, 現在の西八代郡・南巨摩郡) を領有し, 武田宗家・郡内の小山田氏と並んで甲斐国を三分する勢力を持った。
武田信玄の時代, 穴山梅雪(信君)は 信玄を支えた主要家臣(武田二十四将)のうちの一人であった。

武田家の滅亡に際して, 穴山梅雪は 織田・徳川連合軍に通じ, 武田勝頼の死後 武田氏を受け継ぐ約束になっていた。しかし 徳川家康とともに泉州堺に滞在している時に 本能寺の変が起こり, 家康は無事に脱出することができたが, 梅雪は脱出が遅れ 木津川付近で最期を迎えた。

穴山駅から北に 2kmの地点に「穴山氏館跡」がある。初代義武から 五代信綱ごろまでの居館であった と言われ, 六代信友・七代梅雪の頃に 南部(現在の身延町)の下山城 (こちらも「穴山氏館」と呼ばれる) に移った。

撮影日
2007年10月
碑文
中世の豪族
  穴山氏発祥の地

    詰城 能見城 下車2分
    丸山氏の墓 市文化財 満福寺境内 約2.5km
    居館跡地  約2km 氏神跡地 1.8km
            平成5年度 穴山町ふる里創生事業

穴山氏発祥の地碑 JR穴山駅
穴山氏発祥の地 碑
(@穴山駅ホーム)
JR 穴山駅