発祥の地bannar
名族小国氏発祥の地
 [めいぞくおぐにしはっしょうのち]


場所
新潟県長岡市小国町上岩田
コメント
JR上越線の小千谷駅から西に10km。
“越後おぐに森林公園”の西側,“延命の湯養楽館”“紙の美術博物館”などの北側に公園の駐車場があり, ここに「名族小国氏発祥の地」と刻まれた碑が建っている。
テレビドラマ「天地人」の影響で,小国の道路沿いには
     天地人
      小国氏発祥の地
      直江兼続の弟 小国実頼
と書かれたのぼりが多数見られた。

小国氏は,清和源氏の流れをくむ源頼行を祖とする一族で,鎌倉時代に越後国・小国保の地頭となり小国氏を称した。
以来 鎌倉幕府の有力家臣として活躍。南北朝時代には 南朝方についたが,北朝方に敗れて 本家は没落し, 支流であった天神山城に小国氏が残った。
戦国時代には 上杉謙信に仕え,景虎の時代になって 腹心の直江兼続の弟・樋口与七が養子に入って“大国”と改姓, 大国実頼となった。実頼は後に上杉家から追放され,後継者として兼続の弟・樋口秀兼の息子である光頼が家督を 継いだ。

越後おぐに森林公園が広がる この地一帯は,小国氏の居城(小国沢城)があったといわれており, 2003(平成15)年に「名族小国氏発祥の地」の碑が建てられた。

撮影日
2009年7月 (写真提供 T.H.さん)
碑文
名族小国氏発祥の地

  平成十五年(2003)年八月吉日 建立
        小国氏記念碑実行委員会
        小国文化フォーラム
      後援 小国町

この碑を建てるにあたって大国氏一族・岩室村有志・ 東京小国会・山口育英奨学会,および小国町内235名 町外119名の方々のご協力をいただきました。

(裏面)
    小国源氏の由来
 中世の頃小国町一帯は「小国保」と称された国衙領であっ た。この小国保一円を支配し開発に務めたのは小国氏である。 小国氏は清和源氏の嫡流で源三位頼政の弟源頼行を祖とする。 長承年間(1130)小国保に入部し土地の地名を名字として 「小国氏」を名乗った。頼行−宗頼−頼継(連)と続くが, この地に定着したのは頼継である。後白河法皇の第二皇子高 倉宮以仁王が小国氏を頼ってこの地に隠れ住んだという伝説 もある。源頼朝が鎌倉に幕府を開くと頼継は有力御家人とし て小国保地頭に補任された。
 頼継は建暦二年正月に鎌倉幕府の弓始めに射手として選 ばれ,堂々第一位を獲得し第三代将軍実朝公より「天下一の 精兵なり」と賞賛され一躍小国の名を全国に轟かせた。
 その後,蒲原方面の領地経営のため本拠を岩室の石瀬に 移したが,一族をこの地に残し小国の開発発展に尽した。
 南北朝時代には小国政光が越後南朝軍の総帥として大活躍 した,戦国時代には小国頼行・小国重頼等が上杉謙信配下で 有力家臣として重要な位置を占めていた。上杉景勝代に「大 国」と改名したが,家系は綿々と続き現在に至っている。
 今ここに小国氏居城跡と推定されるこの地を選び,碑を建 立して名族小国氏の名を後世に伝えるものである。
              撰文  山崎正治
              書   松田華心

 
名族小国氏発祥の地碑 天地人(小国氏発祥の地)のぼり
名族小国氏発祥の地 碑
天地人(小国氏発祥の地)のぼり