発祥の地bannar
徳川氏発祥の地
 [とくがわしはっしょうのち] 


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場所
群馬県新田郡尾島町(2005/3) 太田市世良田町
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東武鉄道伊勢崎線の 世良田駅, 駅舎横に「徳川氏発祥の地」という木柱(?)の碑が 建っている。他に何の説明もない。

平安時代の末期に“後三年の役”を鎮定した八幡太郎義家の孫 義重は, この地に“新田の荘”を開き 新田氏を興した。さらにその子 義季は 現在の尾島町の一部に当たる 徳川の地を領して「徳川義季」と名のった。 これが 徳川家の誕生である。
鎌倉幕府滅亡後, 義季の後裔親氏は 南北朝の抗争に参加したが 敗北を喫し, 足利幕府の圧迫を受け, 当地を離れて流浪の旅に出た。
親氏は 三河国松平郷(豊田市)に移って, 郷主在原信重の入婿となり 松平姓を名乗った と伝える。親氏の後裔 家康は, 1566(永禄9)年に 松平姓から徳川姓に復姓したことから, 世良田・徳川の地は「徳川氏発祥の地」として 江戸幕府の厚い庇護を受けるようになった。
尾島町には 東照宮・長楽寺など 多くの文化遺産がある。

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(2008/9追加)
太田市の国道354号沿い,東橋の西側の畑の中に,
徳川氏発祥の地 尾島町
 生涯教育宣言の町
 ひとり,一学習,一スポーツ,一ボランティア
と書かれた看板が建っている。

「徳川氏発祥の地」である 尾島町は,2005年3月に太田市に吸収合併され,“尾島町”という地名はなくなってしまったが,この看板は合併以前に建てられたものらしく 尾島町の名前が残っている。
さらにこの西側の,国道354号と国道17号(上武道路)の交わる付近にも 同じ看板が建っている。

これらの看板は いずれ撤去されると思われるので,尾島町の名前の入ったものを記録にとどめておく。

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(2012/1追加)
東武・伊勢崎線の世良田駅の隣,木崎駅の駅前に「徳川氏発祥の地」と書かれた案内看板が,また木崎駅構内には「徳川氏発祥の地 おじま」と書かれた観光案内図が設置されている。いずれも太田市が設置したもので,2005年に旧・尾島町が太田市に合併した後に設置したものである。
太田市は,旧町名を使いながら「徳川氏発祥の地」を宣伝し続ける方針のようだ。

(関連項目)   松平氏発祥の地
     「葵の紋」発祥の由来
撮影日
2004年11月  (写真提供 H.O.さん)
2008年9月  (写真提供 H.O.さん)
2011年12月  (写真提供 H.O.さん)
碑文
徳川氏発祥の地
   (説明文なし)

 
徳川氏発祥の地碑 東武鉄道 世良田駅
徳川氏発祥の地 碑
東武鉄道 世良田駅

「徳川氏発祥の地 尾島町」の看板
「徳川氏発祥の地 尾島町」の看板
(2008/9 撮影)
東武 木崎駅
東武 木崎駅
(2011/12 撮影)
木崎駅構内の観光案内図
木崎駅構内の観光案内図
(2011/12 撮影)
木崎駅前の太田市案内看板
木崎駅前の太田市案内看板
(2011/12 撮影)


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