渡し碑コレクション
友田の渡し  [ともだのわたし] 


場所
東京都青梅市友田町2丁目
コメント
JR 小作駅の南東 1km。多摩川橋の西詰に 赤褐色の石碑(「多摩川橋」碑)が建っている。

「友田の渡し」は, 現在 多摩川橋のある場所に 友田(青梅市)と小作(羽村市)を結ぶ 渡し舟だった。青梅市側では「友田の渡し」, 対岸の 羽村市側では 「小作の渡し」 と呼ばれたらしい。
「多摩川橋」の碑には“友田の渡し”と”多摩川橋”の変遷を描いたレリーフが あって, 鉄索に吊りかごをぶら下げた「搬軌」の 珍しい図も描かれている。

「多摩川橋」碑の写真の背後に写っているのは「友田水管橋」で, 本来は水道管を渡すために作られた橋だが, その上に歩道があって, 人間が渡ることができる。多摩川橋の50mほど上流側に 1980(昭和55)年に架けられ たもので 127mの長さがある。

撮影日
2005年11月
碑文
多摩川橋

 むかし,この地に「友田の渡し」があり 人々の往来が 絶えなかったが,川の水かさが増すと舟がとまり,その 度に難儀してしていたという。
 大正のはじめ,この地の人達は,両岸に鉄索を張り, 吊りかごを使って川を渡ることを考えた。これを「搬軌」 と呼んでいたが,一度に大勢の人を運びきれず不便な思 いをしていた。
 そこで大正9年になって 地元の人々が力を合せ 人 達は巾九尺(2.7米)の吊橋を架けてこれを利用するよう になったのである。
 昭和14年 この吊橋は東京府によって巾6米の堅 固な橋になり 長く人々の暮しを支えることになった。 以来40有余年にわたる使命を果たし終えたこの橋にかわ り この「搬軌」から数えて三度姿を変えることになった。 多摩川橋は 近代的な雄姿を末永く多くの人に愛され 利用されることを願って ここに完成したものである
    昭和62年3月
                東京都

多摩川橋碑
 多摩川橋(友田の渡し)碑

“友田の渡し”と”多摩川橋”の変遷