早瀬渡船場跡
昭和60年3月建之
早瀬の渡しは, 戸田の渡しよりも古く, 平安末には存在したらしく,
源頼朝が下総の国府を出発して荒川を渡って武蔵国府に向った当時の
渡船地点はこの早瀬であったろうと思われます。
また, 美女木八幡社が創立を鎌倉時代といわれている古社であることからも,
その当時より「かまくら道」として早瀬の渡しが重要な渡しであったことが推測されます。
早瀬の渡しは, 延長38間(約68m)であったといわれています。
この渡しは新河岸川が完成した昭和5,6年頃には, その機能を完全に果し終えてしまいました。
大正の初め頃までは戸田の人々は, この渡しを利用して板橋方面に出かけることも多く,
渡賃は一人が一銭で自転車の人は二銭であったといわれています。
昭和61年3月
戸田市教育委員会