大田区文化財
矢口の渡し跡
新田義貞が, 矢口の渡しで 延文3年(1358)討死したといわれるころの渡し場は,
現在の新田神社付近であったと思われ, 多摩川は, 今より東へ大きく
迂回していたと考えられる。
江戸時代に, 平賀源内により 戯作「神霊矢口渡」がつくられ,
歌舞伎に上演されるに至り, この渡しは有名になった。
渡し場は, 流路の変遷と共に, その位置をいくたびか変え,
この付近になったのは, 江戸中期からであると考えられる。
この渡しは, 区内最後の渡船場として 昭和24年(1949)まで存続した。
昭和50年3月19日指定 大田区教育委員会