発祥の地bannar
温州みかん発祥地
 [うんしゅうみかんはっしょうち]

場所
静岡県浜松市北区三ヶ日町平山
コメント
天竜浜名湖鉄道の三ヶ日駅から北北西に3km。
国道301号(別所街道)を北上し平山小学校付近から西に300mほど入ると“加藤柑橘園”がある。この庭前に「温州みかん発祥地」と書かれた立札が建っている。

温州みかんの国内の発祥の地は鹿児島県出水地方で、中国から持ち込まれたみかんが突然変異で発生したものとされており、三ヶ日のこの発祥碑は当然、“三ヶ日地方における温州みかんの発祥”の意味である。

静岡県は愛媛県・和歌山県に次ぐみかんの産地て、なかでもこの地は“三ヶ日みかん”のブランド名で知られている。
三ヶ日のみかんの栽培は、17世紀(江戸時代中期)に紀州からみかんの苗木を持ち帰ったのが始まりとされている。このみかんは“紀州みかん”(小みかん)と呼ばれる品種で、現在広く栽培されている温州みかんより小粒で種が多く入っている。甘みが強く美味であったため三ヶ日全域に広まり、その後100年ほど紀州みかんが全盛となった。
江戸時代末期(天保年間)になって、ここ加藤柑橘園の主だった加藤権兵衛という人物が三河地方から苗木を導入し庭に植えた。これが温州みかん栽培の始まりで、紀州みかんに比べて実が大きく種がなく味も甘いため、近隣に急速に広まり、明治に入ると紀州みかんの栽培はなくなった。

なお、三ヶ日みかんの発展に尽くした“三恩人”の記念碑“柑橘頌徳碑”が近くの稲荷山公園に建てられている。
三恩人とは、紀州みかんを持ち帰って広めた山田弥右衛門。温州みかんを導入した加藤権兵衛。それに昭和初期に温州みかんの栽培技術を指導した技師・中川宗太郎の3人で、毎年11月には、三恩人への感謝とみかん産業の更なる発展を祈って「柑橘頌徳祭」が開かれている。

(‘みかん’関連項目)    温州みかん発祥の地(鹿児島県)

撮影日
2015年10月
碑文
   温州みかん発祥地
 江戸時代の天保年間(1830年〜1843年)当家の祖加藤権兵衛が,三州吉良地方(愛知県)から優良なミカンの苗木を求めてきて庭前の畑に植栽した。
 これが温州みかんであり,三ヶ日に温州みかんが広まる糸口となった。

 
温州みかん発祥地碑
 温州みかん発祥地 碑
同・遠景
 同・遠景