発祥の地bannar
温州みかん発祥の地
 [うんしゅうみかんはっしょうのち] 


場所
鹿児島県出水郡東町
コメント
鹿児島県出水市の北西, 八代海の南の入口を塞ぐような形で 長島がある。
この島の東半分が 東町で, 町役場の東 約1kmの地点に「日本マンダリンセンター」がある。 ここは みかんの博物館で, 鮮やかなオレンジ色のドーム状の建物が印象的である。
マンダリンセンターから さらに 300m 南東に行くと, 道路の右側に テニスコートや 芝スキー場などが並ぶ一画があり, そこに「温州みかん発祥の地」と書かれた 自然石の大きな石碑が建っている。

みかんは 奈良・平安時代に 遣唐使が中国大陸から持ち帰ったのが最初と言われ, 以来 何種類ものみかんが 日本全国で栽培されるようになった。
温州みかんは 江戸時代に突然変異により発生したもとのと言われ, その原木(実は 原木から接ぎ木された 3代目)が, この発祥碑の近くに 今も保存されている。
温州みかんは 甘く, タネがなく, 皮が薄く軟らかいため 手でむきやすい という特徴があり, みかん と言えば 温州みかんを指すほど 広く栽培されている。

発祥碑の碑文には 「徳川初期に 中国から遣唐使が持ち帰った早拮か慢拮等が 偶発実生により生じたもの」 と書かれていて, みかんが 江戸時代に日本に伝来したかのような印象を受けるが, 日本マンダリンセンターに問い合わせたところ, 「遣唐使が中国から持ち帰った早拮か慢拮等が, 徳川初期に 偶発実生により生じたもの」 という意味 とのことであった。

(’みかん’関連項目)  温州みかん発祥の地(静岡県)

撮影日
2004年10月
碑文(1)
温州みかん発祥の地
      鹿児島県知事 鎌田要人書

(副碑)
  温州みかん発祥の由来

 温州みかんがわが国で経済栽培されるようになったのは、明治七年頃からで現在では多くの新品種が育成されて果樹産業の主要な品目になっている。
 この温州みかんは, 徳川初期に 中国から遣唐使が持ち帰った早拮か慢拮等が偶発実生により生じたもので, その発祥の地は 当時中国と交流のあった鹿児島県出水郡東長島村(現在の東町)であると推察されていたが、昭和十一年に 当地鷹巣に樹齢三〇〇年以上と推定される古木が発見され、これが実証された。
 ここに, この貴い事実を原木(三代目)の保存とともに顕彰し、後世に伝えるため 全国の果樹関係者の募金により温州みかん発祥之地に碑を建立したものである。
  昭和四十一年一月吉日
      温州みかん発祥之地碑
           建立推進協議会
碑文(2)
温州ミカン発祥の地 〜 東町

温州ミカンは, 約500年前中国から伝わったミカンの種子の偶発実生(ぐうはつみしょう)といわれております。伝えたのは, 当時黄岩県(おうがんけん)に留学していた天台宗の僧ではないかといわれています。田中長三郎博士は, 早キツかマンキツだろうと推察しておられますが中国の学者達は, 温州ミカンによく似ている「本地広拮(ほんちこうきつ)」だろうと言っています。

江戸時代末, 長崎に来たドイツ人医師シーボルトが, 温州ミカンのさく葉(おしば)を作りこれに「Nagashima(ナガシマ)」と記していました。これが長島が温州ミカン発祥の地であることの証拠となりました。温州ミカンの名は, 中国の温州府に由来しています。温州府はミカンの産地として名高ったことからそのミカンのようにすばらしいというのが温州ミカン命名の由来といわれています。

ここに貴い事実を原木(三代目)の保存とともに顕彰し, 後世に伝えるため, 昭和61年1月吉日, 全国の果樹関係者の募金により, 温州ミカン発祥の地に碑を建立したものであります。


 
温州みかん発祥地碑 温州みかん発祥の地碑
温州みかん発祥の地 碑
 
温州ミカン発祥の地 〜 東町
(日本マンダリンセンター)

日本マンダリンセンター
 日本マンダリンセンター